この想いが届くことは無いことぐらいわかってる。
だけど今は、まだ……。





「コーヒー入ったよ、三蔵」

「…ああ」

返事はすれども三蔵の視線は新聞の文字を追ったまま。
もう、しょうがないなぁ。
あたしはコーヒーの入ったカップを三蔵が取りやすいようにテーブルの端に置いた。
すると案の定、新聞から目を離さずに左手だけを伸ばしてカップを掴むとそのまま口元に持っていく。
それを見届けるとあたしも自分の椅子に座り、入れたばかりのコーヒーに口をつけた。



苦い。



…やっぱ、ミルクとお砂糖入れなきゃ飲めないや。
三蔵は使わないからいつもは自分の分だけ台所で入れてくるんだけど、ストレートでも飲めるように頑張ってみようと思ったのがいけなかった。
よく飲めるなぁ、三蔵ってばホント。あ、でも悟浄や八戒もそのまま飲んでるよね。
てことはやっぱりお子様なのかなぁ、あたしの味覚って…。
マグカップを両手で包むように持ったままぼんやりと中の焦げ茶色の液体を見つめていたあたしは、ふと視線を感じて顔を上げた。





瞬間。心臓が大きく跳ね上がる。
吸い込まれてしまいそうなほど深い紫闇の瞳がそこに在った。






「……な、に…?」

そのまま見入ってしまいそうな自分を何とか叱咤し、不自然にならないよう気をつけながら視線を外す。
どうか顔が赤くなっていませんようにっ…!
早鐘のように打ち続ける鼓動と内心の動揺が表に出ないようにあたしは必死で平静を装った。
そんなこっちの気持ちを知ってか知らずか、三蔵はニヤリと口元を歪めると言った。

「さっさと入れてきたらどうだ?」

え? 何を?

「苦虫噛み潰したような表情(かお)をしてまで飲むもんじゃねぇだろうが」

う゛っ! …そこまで言わなくたっていいじゃない。
そりゃぁ、あたしは苦いのや辛いの苦手だけど。

「どーせ、あたしの味覚はお子様ですよぉーだ!」

立ち上がりざまに言い捨てて台所に行こうとするのを三蔵が呼び止めた。

「おい、

振り返ると彼はテーブルに置かれた空のカップを眼で示す。

「おかわり?」

「それ以外の何がある」

……はいはい、わかりました。










あたしには秘密があります。
それは誰にも知られてはいけない…想い。




初めて三蔵に会ったのは悟浄の家だった。
その強いまなざしに惹かれた。
所謂、一目ぼれ。
でも八戒に紹介してもらった時点で終わらせなきゃいけなかったのに…。

「いい加減往生際が悪いなぁ〜、あたしも」

隣の部屋に聞こえないようにあたしは小さく呟いた。
なんたって三蔵は最高僧「三蔵法師」様なわけで。
例え最高僧じゃなかったとしても、「僧侶」。
つまりお坊さんなんだからダメに決まってるのに。
お坊さんは出家した時点で世俗と縁を切る。
それくらいあたしだって知ってる。
どれほど想っても、それは三蔵の迷惑になるだけなのに…。

「……バカみたい…」

叶わないって分かっているくせに。あたしってばホント…

「おい」

不意に後ろから呼びかけられたあたしが反射的に振り返るとそこに不機嫌そうな顔をした三蔵が立っていた。
まさか、聞かれてた!?

「たかがコーヒー入れるくらいでなに手間取ってやがる」

あ・・・、そっちの方。
という事はだい、じょうぶ…だったみたい。よかったぁ〜。

「ごめん、三蔵。今持って行くから」

大急ぎで空のカップにコーヒーを注ぎ、自分のにはミルクを入れるとそれを持ってあたしは三蔵の脇をすり抜け隣の部屋に移動した。





「お待たせしました」

カップをテーブルの上に置く。
そして椅子に腰掛けようとしたんだけど、…あれ?

「三蔵?」

見ると三蔵はさっきと同じ腕を組み壁にもたれかかる様にして立ったまま。

「どうかしたの?」

「いや」

そうは言うけど三蔵はやっぱり動こうとしない。
何で………て、もしかしてっ!

「お前…」

三蔵にしては珍しく何か迷ってるような感じだった。

「いや、いい」

「言いかけて止められると気になるんだけど」

やっぱり聞こえてたのかな。 もしそうだったら…どうしよう。
一度悪いほうに考えると不安がどんどん大きくなっていく。





あたしはまだ貴方の側にいたい。
ただの知り合いで構わないから、もう少しだけ。






「三蔵、あの…」

どう言えばいいんだろう。
聞かれてしまっていたら。 知られてしまったら。
あたしは…
その時あたし達の耳に車の走る音が聞こえてきた。
こちらに向かって来ているらしく徐々に音が大きくなってくる。

「…八戒達、帰ってきたのかな」

思わず窓から外を見やると、後ろで三蔵が舌打ちをしたような気がした。



名前を呼ばれて振り返ると同時に肩を掴まれそのまま強く抱き寄せられた。

(え?)





タバコのにおい。

    頬に当たる布の感触。

       そして伝わってくるあたたかな温もり…。






「またな」

耳元で囁かれたのはごく普通の別れの言葉。
そしてやはり唐突に体が離れた。

………えーと…。

何が起こったのかわからずに呆然としているあたしを面白そうに見やると三蔵は部屋を出て行く。
同時に外から車の止まる音と三蔵を呼ぶ悟空と何やら文句を言っているらしい悟浄の声が聞こえてきて、あたしは我に返ると慌ててみんなを出迎えるために三蔵の後を追った。







あれが何だったのか。
単にからかわれただけなんだろうけど、つい都合のいい解釈をしそうになる自分がいる。
でも、はっきりしていることが1つだけ・・・





またね、三蔵。





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Special Thanks 香原水月 サマ

当サイトで恐らく多分一番の被害者である参謀、水月さんから
素敵頂き物を強奪してしまいました(色々問題あるなぁ、この言葉)
実はこれ・・・水月さん、初ドリーム小説だったりします!!!
こんな素敵な文章書けるなら、今後も是非是非頑張って貰いましょう(笑)
と言う訳で、皆さん!この感想をどんどん掲示板へv
でもって第2第3のお話を貰えるようにしましょう♪(鬼?)

まぁそんな冗談は置いといて(置いとくのかよっ!)いつもいつも色々ありがとう!
これからも迷惑を多大にかける予定なので、見離さないでねv
そして今後も某Hさんの舞台にはご一緒させてください(笑)